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4.3 GCC+アメリカ(西側諸国)
このように、湾岸戦争直後の GCC諸国は、域外周辺各国との協調した、地域安定をめざしていた節があるが、その各国の利害により、早い段階においてプロセスが止まってしまった感がある。
そして、この二つのプロセスを止めたのは、GCC諸国、特に、クウェート・バーレーン・UAEは、アメリカをはじめとした西側各国との関係を重視していたことが、大きな原因に考えられる。
クウェートは、91年に、アメリカと期限10年の防衛協定を結んでいる。
バーレーン、UAEなども軍事面では、アメリカ依存が激しい。
そして、集団安全保障の考えは、アメリカ(西側各国)と友好関係を保ちながら、域内解決をめざすという方針が生まれてくる。
しかし、この案も難産の道を歩き続けることになる。
1991年のクリスマスシーズンに行われた、GCC首脳会議で採択された「クウェート宣言」には、オマーンが提案していた合同軍の創設は盛り込まれなかった。
この会議では、クウェート侵攻の傷跡がまだ深い段階で行われただけあって、「湾岸防衛の統一的な戦略」の必要性を強調していた。
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しかし、実際面での資金分担や兵力の供給の問題、指揮系統をどうするのかなどになるとGCC諸国は、合意することはできなかった。
(軍事面からのことをいうと、NATOのような軍事組織を作るとなると、補給・メンテナンスの面で、装備面での統一を図る必要があり、それを実現させるのには困難である。
)
その後は、個々の国とアメリカという、この考え方の変形バージョンが主流になっているように思える。
アメリカは、全世界の石油消費量で4分の1を消費しており、中東政策は、アメリカにとって重要なものである。
写真は、アメリカのガソリンスタンド。
アメリカでは、ガソリンは1リットル50円程度と、日本の約半額である。
筆者撮影、97年
5 湾岸戦争後
湾岸戦争直後、いろいろなオプションが話し合われた。
しかしの結果は、湾岸戦争という教訓を十分に生かしたものとはいえないというのが私の感想である。
極端にいえば、戦前の安全保障体制と変化したとはいいにくい。
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