検索画面に戻る
 

GCCの安全保障

- イラン・イラク戦争から湾岸戦争を越えて、地域が目指す先は? -
その7
戻る 次へ

5.1 域外安全保障

 域外安全保障体制に関しては、湾岸戦争以後重要視されているのは、

  • 大規模合同軍の設置  
  • 早期警戒網の整備
が、上げられる。

 大規模合同軍の設置は、オマーンが主張する、10万人規模の合同軍設置と、現存するGCC合同軍である「半島の盾」軍の増強と二つの選択肢が用意されている。  二つ目の選択肢に関しては、94年には、6000人規模から、25000人規模に増強されることに決まった。

 早期警戒網の整備は、米国製の空中警戒管制機(AWACS)による、イラン・イラク地域カバーする警戒網の整備であるが、AWACS四機と司令部、システム整備などを含めると、30億ドルから50億ドルかかり、資金分担の調整に時間がかかっている。

 軍事的に見て、GCCは、アメリカの派兵に頼っているというのが現状である。 また、最近では、GCC諸国の結束より、自国が、GCCとしてでなく、個々の国として、欧米との軍事力に依存する傾向が強くなっている。

 対外関係を見てみると、イランと親密関係も湾岸戦争直後だけで、UAEなどとの領土問題、テロへの対応など、GCCとして、非難声明を何度となく出している。  イラクに対しては、一貫して反対する立場で、足並みが揃っているが、最近になって、UAEは、イラクに物資を数多く輸出という情報もある。

 多くの安全保障プロセスが、実を結ばなかったわけだが、一回危機を経験したGCC諸国は、有事になると意外な結束の強さを見せている。 94年12月にイラクが軍部隊をクウェート国境に増派したとき、GCC諸国は、「クウェート支持」をすばやく打ち出し、イラクを牽制した。 湾岸戦争時にはできなかった動きである。 これは、対イラク包囲網がGCC諸国の中にも機能していることを物語った。

 

5.2 域内安全保障

 域内の結束という面で見ても、GCC諸国は結束しているとはいいがたい。 1992年年10月には、カタールとサウジアラビア国境で武力衝突があり、死者もでた。 これが影響して、1992年12月に開かれたGCC首脳会議では、ぎりぎりまで、カタールが欠席するのではないかといわれていた。 (エジプトに仲介により結局は出席)

 また、その域内にカタール・サウジアラビア他にも、カタール・バーレーン間に領土問題があり、1996年12月のGCC首脳会談のバーレーンの欠席に結びついている。  加えて、GCCの組織の主導権をめぐっても確執がある。 1995年12月のGCC首脳会談では、カタール、サウジアラビアがぞれぞれのGCC事務局長を押し、GCCの指導権争いを激化させた。 (最終的にサウジアラビアの候補が当選)

 湾岸戦争以前より現在の方が、GCC諸国の国内事情は確実に悪くなっている。

 共通して上げられるのは、

  • 財政赤字
  • 民主化要求
  • 国内のイスラム原理主義勢力をはじめとした、反政府勢力と政府批判
がある。

 財政赤字に関しては、石油価格が湾岸戦争以後、低水準にあることから、歳入が思わしくないのが理由に挙げられている。 1996年後半から1997年前半まで、1バレル20ドル代で推移して明るい材料としてとらえられた。 湾岸戦争勃発直前に決められた、OPEC公式価格である21ドルもこの時初めて突破した。 現在も1バレル約18ドルで推移しており、最悪であった1994年からみるとだいぶ持ち直している。

※参考資料3 




お問い合わせ、ご質問、ご意見は、メール:ronbun@warp-crew.com
または、フィードバックまで。