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GCCの安全保障- イラン・イラク戦争から湾岸戦争を越えて、地域が目指す先は? - |
この面では、明るいもののGCC諸国の公務員の人権費削減や継続プロジェクト費用の支払いの圧縮は進んでおらず、赤字体質自体にはメスが入っていない状態である。 民主化要求は、王政存続自体に対してかなりナイーブな問題になりかねないため、各国、議会等導入には慎重である。 具体的には、1992年、1996年にクウェートで民選選挙が行われた。 これは、GCC諸国の中で、唯一の民選議会である。 これは、湾岸戦争後の民主化措置として再開されたものだが、その選挙権は、極めて限定的な人々(一級市民)にしか与えられていない。 サウジアラビアも統治基本法を発表して議会に準ずるものつくるという方針を明らかにしている。 域内の大きな反政府運動としては、1994年、バーレーンで、シーア派の若者によるデモ・暴動が起きた。 これは、バーレーン人の失業問題、特にシーア派の若者の失業問題が原因となったといえる。 1995年11月には、サウジアラビアで、国家警備隊のアメリカ人関係者をねらったテロがあり、7名の死者を出した。 これに関しては、イスラーム原理主義系の組織である「湾岸の虎」が、犯行声明を出している。 サウジアラビアでは、異教徒である多国籍軍が、二つの聖地のあるサウジアラビアに駐留したということで、湾岸戦争以後、イスラーム主義者の政府批判が増大した。 |
また、サウジアラビアは、人口が急増しており、雇用機会と快適な生活を求める若い世代が急増している。 しかし、それを受け入れる公的部門もないし、民間企業もない。 この不満がイスラーム原理主義による反政府活動の一つの核になっている。 GCC諸国は、イラン・イラクに対抗できるような勢力には今なおなっていない。 また一つの統一された組織とも言いがたい。 これは、次の4点から説明できる。 GCC諸国は、細長い地域に並んでいる。 加盟国が全部接するような国境を持っていない。 一番北に位置するクウェートと、一番南に位置するオマーンでは、それぞれ、地域大国である、イラク、イランに隣接している。 この為、このような国の間で利害が対立することがしばしばある。 外的脅威に対する意識の違いが生まれてしまうのである。 加盟国間の歴史的な領土問題の緊張があり、それがしばしば表面化してしまうことである。 GCC諸国は、サウジアラビア +小国五カ国で出来ているといえる。 小国五カ国は、極度に統合されると唯一の大国であるサウジアラビアに主導権を握られてしまうのではないかという危機感がある。 |
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